みんなちがってみんないい
障害者医療
障害者医療では医ケア問題はクローズアップされてきましたが、知的障害者や自閉症者の医療問題はまだまだ認知されていません。医療機関を受診した際に、十分な診療を受けられないことは障害者本人や家族にとって辛い経験となります。当事者らは医療機関の受診に際し、多くの負担を感じているのです。また、不快体験や失敗体験が医療機関受診への困難感を強めていることもあります。さらにそれらは受診に対する自信喪失や無力感につながっていたことから、知的障害者や保護者が受診の成功体験を積み重ねられるような支援が必要です。
知的障害のある子どもが“成功経験が少ない”のは、周囲の状況が整っていないことの裏返しであり、今の力で活動できるよう工夫されていない結果でもあります。知的障害者の医療機関受診に関しても同様であり、知的障害者がスムーズに受診できていない状況は、医療従事者の支援が不十分であると自覚してもらうことも必要です。医療従事者の態度や言動は知的障害者や保護者の医療機関受診困難感に影響を与えています。医療従事者は専門職として受診環境を含む改善の余地について検討し、支援の必要性を捉えられる視点が重要ではないかと思います。
知的障害者や保護者は自分たちの努力だけではスムーズな受診への限界を感じ、学校や医療機関、ひいては制度やシステムなど周囲に支援を希望しつつも求めることができていない現状があります。しかし、歯科の領域においては知的障害者が受診する際の個別的な支援が見られます。恐怖や不快刺激を生じさせずリラックスできるように設定する刺激統制法や視覚的支援ツールを用いて情報を伝えることで、治療への適応行動を図っています。これは他の診療科においても有用性が期待されます。医療従事者は知的障害という特性から“できない”“無理だ”と判断するのではなく、選択肢として提示できる支援方法のバリエーションを習得していくことが重要だと思います。
またスウェーデンでは、高齢者ケア・障害者ケアで法律体系やサービス、利用手続きが分かれているわけではなく、社会サービス法に基づく普遍サービスとして一元化されています。そのため高齢者と障害者の政策に差異がなく、誰にとっても理解や利用が容易です。加えて、知的障害者の特性や個々人の障害の程度に合わせたきめ細やかな対応も行われています。しかし、「駆け込める病院がない」「緊急時の受診では行ったことのない医療機関の受診となるので難しい」という意見があります。知的障害者が緊急に受診する場合、生命の危機的状況であるにも関わらず“専門の医師がいない”という理由で、診療を拒否されることもあり、日本においては知的障害者の急性期医療自体が十分ではありません。
そこで、まずは知的障害者の一次医療の充実を図ることが急務です。次に、二次医療圏を中心とした受け入れ医療機関の整備や受診に対するサポート体制の強化が必です。我が国では診察や治療は医療機関においてなされるのが一般的ですが、慣れていない場所での受診が困難である知的障害者においては訪問診療を可能とする医療サービスの適応拡大も必要です。
当事者側としては、スウェーデンやイギリス、アメリカなど多くの国で発展している知的障害者によるセルフアドボカシー(権利主張)グループにおいて受診環境改善の取り組みが始まっています。セルフアドボカシー活動については日本でも1990年代より浸透し、展開されてきましたが、知的障害者の受診においては更なる役割が求められています。日本では知的障害者の余暇活動や仲間づくりを中心として進展・拡大してきた経緯があり、セルフアドボカシーを目的としての活動を行っているグループはまだ少ないからです。セルフアドボカシーグループ活動を通じ、知的障害者の健康や医療に関する当事者の意見やニーズを多くの場で発信できれば、知的障害者の医療受診の現状を知ってもらう機会となり、医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加や、受診負担解決への無力感、受診への自信喪失の改善につなげることができると思います。
本人や保護者が医療機関に自信を持って受診できるよう、看護者は事前練習できるための受診に関する詳細な情報提供やスキル獲得のための支援が必要です。待ち時間に対する配慮や受診環境の調整については、本人や家族の申し出で対応するのではなく、看護者から働きかけ当事者の思いに寄り添うことが大事で、うまく受診できなかった場合には、医療機関に訪れることに挫折しないように気持ちを支え、フォローすることで次回の受診へとつなげる役割が求められます。このようにして、知的障害者と保護者が少しずつ自信を持って医療機関の受診ができるようになれば、現在抱えている医療機関受診に対する困難さも徐々に軽減されていくと思います。