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過剰な対策はすべきではない理由

小学校でのクラスター発生 それでも過剰な対策はすべきではない理由
忽那賢志 | 感染症専門医 6/20(土) 10:17【Yahoo NEWS】

3月からほとんどの小学校・中学校・高校が新型コロナ対策として臨時休校となっていましたが、緊急事態宣言の解除を受け、各地域で学校再開が始まっています。そんなさなか、小学校でのクラスター発生の報道がありました。
北九州 集団感染の小学校 授業中や登下校時などに感染か
また、これまでにも小学校でのクラスター発生は報告されていました。
富山市の小学校でクラスターか 教室で感染可能性
我々はこの小学校でのクラスター発生事例を受けてどのように対応すればよいのでしょうか?果たして小学校での感染対策はより強化されるべきなのでしょうか?先日、私は長女の中学校の入学式に参加しましたが、すでに「新しい生活様式における入学式」が導入されていました。

生徒や保護者の椅子は適度な距離が取られ、出席者の数も制限されていました。体育館の窓は全開に開けられ換気が行われており(雨がガンガン入ってきてましたけど)、もちろん全員がマスク着用です。式典のプログラムに「国歌斉唱」がありましたが、副校長先生より「声に出さず心のなかで歌ってください」と参加者へのアナウンスがあり、心のなかで国歌を歌い、ちょっとサッカー日本代表になった気分がしました。このように、すでに学校は文部科学省から出された「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~『学校の新しい生活様式』~」という長いタイトルのマニュアルに基づいた感染対策を行っています。

うちの子どもたちも健康観察カードが配布されて毎日検温してから登校しています。しかし、仮にこれに100%準拠したとしてもリスクはゼロにはならないでしょうし、緊急事態宣言が解除された今ではゼロリスクを学校に求めること自体が無茶というものです。ましてや対象は子どもです。マニュアルを完璧に遵守することは難しいでしょう。個人的には今回のクラスター発生によって世論が「もっと学校での感染対策を徹底しろ」という流れになることを危惧しています。

学校での感染対策を過剰に行うべきではない理由を以下に述べます。小児の感染例は国内でも、世界的にも少ない
日本では20歳未満の感染者は他の年齢層と比較して極端に少なく、国内全体のわずか4%です。確かに日本は少子高齢化が進んでいますので、そもそも子どもが少ないわけですが、それを差し引いても少ない感染者数です。

日本だけでなく、海外でも小児例は成人例よりも報告が少なく、例えば中国でも人口分布と比較しても明らかに小児の発生が少ないことが分かっています。ではなぜ小児ではこのように感染者が少ないのでしょうか。
小児の新型コロナウイルス感染症では、
・感染しても症状が出る割合が低い
・感染する割合が成人と比べて低い
・重症化する頻度が低い
ことが分かってきました。

新型コロナウイルス感染症では、感染したとしても症状が出ない"無症候性感染者"がいることが分かっています。どういう人が感染したら症状が出て、どういう人なら感染しても無症状なのか、という条件についてはまだよく分かっていませんが、小児ではこの無症候性感染者の割合が多くなるようです。

世界各国の感染者の状況の調査によって、70代以上の感染者のうち69%が有症状者になる(31%が無症状)のに対し、10代の感染者では約21%の人が有症状者になる(79%が無症状)であると報告されています。

年齢が低いほど感受性が低く、年齢が高くなるに従って感染しやすくなります。60歳くらいからはプラトーに達します。なぜ年齢によって感受性の違いが生まれるのかについては、まだ結論は出ていませんが、新型コロナウイルスが細胞内に侵入する際に結合するACE2受容体をコードする遺伝子であるACE2遺伝子の発現量が小児では少ないことが可能性の一つとして挙げられています。

さらに小児では新型コロナに感染しても重症化することは稀です。海外では新型コロナに関連した川崎病の様な病態(Multisystem inflammatory syndrome in children (MIS-C))が報告されており、警戒すべきではありますが、国内ではまだこのMIS-Cの報告はありません。

このように、小児では基本的にはそもそも感染者が少なく、有症状者や重症化も少ないため、ゼロリスクを求めるような学校での過剰な感染対策は避けるべきです。例えば学校閉鎖のような極端な対策も、保護者への負担が生じる一方で、流行全体に与える影響はごくわずかであることが分かってきています。今後もこのような学校でのクラスターは発生する可能性はありますが、国内全体を見渡せば流行のごく一部に過ぎません。流行を広げているのは小児ではなく我々成人です。流行の規模からすると、より注力すべきは今だと夜の街や病院でのクラスター対策でしょう。

日本小児科学会は緊急事態宣言が解除された翌日の5月26日に「新型コロナウイルス感染症に対する保育所・幼稚園・学校再開後の留意点について」という声明を発表しています。・学校での感染症対策を徹底したとしても新型コロナウイルス感染のリスクをゼロにすることは不可能です。地域の小児科や感染管理に関する医師と綿密な連携体制を構築し、刻々と変化する状況に対して適切な判断を行う必要があります。・子どもの教育、福祉、健康の源である保育所・幼稚園・学校生活は、子どもにとって最も基本的かつ大切な活動です。休所・休園・休校の問題点としては、子どもの教育の遅れ、生活習慣の乱れ、運動不足、それによる体重増加、栄養の偏り、食環境の変化、家庭内での虐待の増加、保育所・幼稚園・学校での福祉活動の低下、保護者の就労困難・失業、祖父母などの高齢者との接触機会の増加などがあげられます。

出典:新型コロナウイルス感染症に対する保育所・幼稚園・学校再開後の留意点について(日本小児科学会)
休校が子どもや保護者、社会に及ぼす影響は非常に大きいものであり、できるだけこうした処置を取らないようにコロナを意識した新しい学校での生活様式を送りながら、もしクラスターが発生してしまった場合は早期に検知し専門家の介入によって拡大を防ぐ、という対応が現実的ではないかと思います。

そして、学校でのクラスター発生のもとを辿れば成人での流行に行き着きます。我々大人が流行を広げないことが子どもたちを守ることにも繋がるのです。

 

問題行動への対処法=分化強化

問題行動への対処法=分化強化(DRO/DRA/DRI/NCR)

子どもの問題行動に対処する場合、①問題行動の原因(強化子)を理解する ②そのための対応方法の1つに消去(計画的無視)がありますが、それだけではうまくいきません。というのも、消去という手段だけでは現実問題は対処しきれないからです。子どもの問題行動に『強化子を与えない』という手続きが『消去』です。これに対し、『分化強化』は次の様に定義されています。「分化強化は、望ましい標的行動を増やし、望ましくない行動を減らすために、強化(第4章)と消去(第5章)の原理を応用したものである。」もう少し噛み砕いていうならば、問題行動と適切な行動を分けて考え、問題行動を消去し、適切な行動を強化します。だから、分化強化と呼ばれるわけです。

分化強化は先ほど述べた通りですが、実はこの分化強化には①DRO(他行動分化強化)②DRA(他行動分化強化)③DRI(他行動分化強化)といった3つの種類があります。

他行動分化強化/DRO
DROとは、Differential Reinforcement of Other Behaviorの略で、問題行動以外の適切な行動を強化することによって、間接的に問題行動を減らす手法です。DROの特徴は「問題行動以外のあやゆる適切な行動」が標的となる点にあります。つまり、強化すべき行動が複数あるわけです。
発達障害児に限ったことではないが、子どもと接する場合、100%問題行動(社会的に望ましくない・やめて欲しい行動)に直面する。例えば
①泣き喚く=注目
②兄弟をいじめる=自己刺激
などが考えられます。
しかし、このような行動に1つ1つ対処するのは結構な労力が必要なわけです。そこで、問題行動には消去手続きで対処し、それ以外の場面の適切な行動を褒めてあげます。具体的には、
①泣きわめいてない時のことを褒める(ご飯を食べる、早く寝るなどこちらの指示に従えた時)
②兄弟をいじめてない時を褒める(大人しくおもちゃで遊んでる時)
これがDRO(他行動分化強化)です。

代替行動分化強化/DRA
DRAは、Differential Reinforcement of Alternative behaviorの略で、問題行動の代わりとなりうる行動を選択し、それをピンポイントで強化する手法です。”ピンポイント”というのがミソで、これに対し、先ほど説明したDRAは『問題行動以外の全ての行動』を強化することにありました。例えば、会社や学校で嫌なことがあった人が、枕を顔に押し付けて「バカヤロー」とか叫んでストレス発散してる場面、これ、DRAです。枕なしで叫んだら、迷惑(問題行動)になるので、それと似た機能を果たす、より適切な行動(代替行動)を強化しています。似た行動ですから、カラオケとかもありです。これを幼児に置き換えると、自分の欲しいものが手に入らず、泣き喚いたり、人を叩いたたりすることがあります。そういう時は、『ちょうだい』とか『貸して』などのような要求言語やサインなどを代替行動として強化すると良いです。『泣き喚くから物をあげる』というのは最悪の選択です。子どもは要求が通るとわかればその行動を続けてしまいます。

対立行動分化強化/DRI
DRIは、Differential Reinforcement of Incompatible behaviorの略で、Incompatibleは、両立できないという意味です。問題行動に代わる適切な行動の中で、とくに問題行動と物理的に両立できない行動を強化する手続きになります。例えば、親指をしゃぶる子どもには、手が空いてるから親指をしゃぶってしまうと考えます。そこで、両手を使わないとできない作業、お絵かき、塗り絵、ゲームなどその子が好きなもの、あるいは、新たな楽しい遊びなどを開発することで親指しゃぶりの頻度を減らすよう働きかけます。標的行動が「指舐め」ということであればこういうのを使うのも一つの手です。

非条件強化/NCR
NCR(Non Contingent Reinforcement)も分化強化の1種らしいです。問題行動の機能となっている強化の効力をなくすことでその行動頻度を減らそうとする働きかけです。紙を破ることが不適切行動になっている人に、ずっと紙を破らせ続けるのです。要は、「飽きさせる」のです。これで上手くいくのかなとは思いますがNCRも選択肢の中には入れておきます。
このようにして、応用行動分析では子どもの行動を変容させるときに分化強化と言う手法を使います。

学習から就労を一貫支援

発達障害児ら向け 学習から就労を一貫支援 福井・坂井の企業

福井新聞 2020年6月19日(金)

発達障害などで困っている子どもの学習と就労を一貫して支援する県内初形態の事業「WALLESS(ウォレス)」を、福井県坂井市の企業が立ち上げた。学び方や人との接し方を個別指導する放課後等デイサービスを福井市内に開設。障害者雇用の企業コンサルティングを併せて手掛け、利用者とのマッチングを図る。「誰もが個性を生かして働ける社会をつくっていきたい」としている。

 事業名は「WALL(壁)」と「LESS(減らす)」に由来する。運営会社を設立したのは、これまで人材育成事業を展開してきた山内喜代美代表取締役(福井市)。「障害があったり、困っていたりする子どもにとっての、社会の目に見えない壁を少しでもなくしたい」と思いを込める。

 放課後等デイサービス「ウォレスアカデミー」を4月、福井市大手3丁目のビル内に開設した。預かり目的がメインで集団行動を学ぶ一般的な施設と異なり、中高生を含む6~18歳の子どもに個室でマンツーマン指導をするのが特徴。塾のようにして、週1、2回の頻度で50分ずつの利用予約を受け付ける。

 学習障害(LD)や自閉症スペクトラム障害(ASD)などの子どもたちが対象。保育士や教員の資格を持つ講師が、読み書きや計算、社会でのマナーなどを教える。新型コロナウイルスの影響が落ち着いて利用は増え、現在は小中高生26人が通っている。

 「ウォレスワーク」と銘打った企業向けの取り組みでは、県内の特別支援学校で就労支援の経験を積んだ専門スタッフが、職場での障害のある人への接し方や特性の生かし方を助言。アカデミー利用者の適性に照らした雇用のマッチングを目指す。来年には就労トレーニング「ウォレスジョブトレ」も始める予定。

 アカデミーに通う注意欠陥多動性障害(ADHD)の小学3年男児の母親は「文字に苦手意識がある息子にあった教え方をしてくれている」と目を細める。管理者で社会福祉士の永田弘幸さんは「障害や症状だけで区分せず、オーダーメードの対応をしていきたい」と意気込んでいる。

 山内代表取締役は「子どもが対人関係などで困っていても、学習に問題がなければ対処されないままで、社会に出てからつらい思いをして、ひきこもりになるケースがある。早い段階から子どもたちに向き合って、将来のためのサポートをすることが必要」と話している。

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NPOホップすてーしょんも同じようなコンセプトで新事業所を計画中です。小学校高学年から中学生までの発達障害を起因とする学びの課題に取り組むことは極めて重要な課題だと感じています。もちろん、その学びの課題の背景には学習上の困難だけでなく、対人関係の困難や行動上の困難があることも少なくありません。また、進路という視点から考えると、就労にソフトランディングすることが困難なケースが多いです。学校を卒業してから、成人してから、取り組むのではなく、早い時期から自分の特性を知り、支援を受けることで自分らしさを発揮できるのだと考えられるように取り組むことが重要だと考えています。

6歳までの適切な療育の効果

発達障害の子どもの可能性を奪う…日本の「療育施設」の現状
大坪 信之2020.7.4【幻冬舎ゴールドオンライン】

※当記事は、2018年12月4日刊行の書籍『「発達障害」という個性 AI時代に輝く――突出した才能をもつ子どもたち』から抜粋したものです。

発達障害の子どもの約4割は、療育を受けられていない
発達障害と上手につき合っていくためには、「療育」を受けるという方法があります。療育とは、治療と教育の両方を併せ持つもので、社会に出ても困らないようにするためのトレーニングです。ところが、発達障害と診断される子どもが増えるにしたがって、療育を受けられる場が足りなくなっています。

文部科学省の調査によると、発達障害とされる子どもが推計で約60万人いるとされていますが、そのうち4割弱は特別な支援を受けていません。本来、発達障害の子どもは、療育を受けることで、社会に出て活躍できる足がかりをつくることができます。にもかかわらず、多くの子どもたちが療育を受けられずにいるというのは、本人にとっても社会にとっても大きな痛手です。

それぞれの自治体には、障害のある子どもに対して、それぞれに合った治療・教育を行う場として療育センターが設けられています。療育センターには、通所支援の場として、6歳までの未就学児に発達支援を行う児童発達支援事業所・児童発達支援センター、医療型児童発達支援を行う医療型児童発達支援センター、6~18歳(場合によって20歳)が通う放課後等デイサービス、保育所等訪問支援があります。

療育センターで療育を受けようと思ったら、まずは市区町村の窓口に相談に行く必要があります。窓口には相談員がいて、必要に応じて療育センターに申し込みをすることになります。ところが、6歳以下の子どもが実際に療育センターで療育を受けるためには、3年待ちが当たり前というのが現状です。発達障害の子どもの数は増えているのに、療育センターの定員はほとんど変化がありません。療育を受けたい子ども数が増えているのに、受け皿は増えていないのです。

「6歳までの適切な療育」が子どもの生きづらさを軽減
子どもの脳は、6歳までに急激に発達していきます。6歳までに適切な療育を受けることができれば、発達障害の子どもの生きづらさは、かなりの部分が解消します。しかし、現状では、たとえば3歳児健診で発達障害だといわれたとして、すぐに療育センターに申し込んでも3年待ちが当たり前です。つまり、6歳までに療育を受けることができないのです。

ハーバード大学をはじめとして様々な研究で、6歳までに効果的な療育を受けられれば、IQを上げることができるとしています。これを受けて、日本の療育の現場でも、就学までの教育の場にしようということでつくられたのが、「児童発達支援事業所」でした。

それまで療育の場となっていたのは、「児童デイサービス」と呼ばれるものでした。児童デイサービスは、就学・未就学を問わず、通所の療育施設として設けられていました。それが、2012年に「障害者自立支援事業法」と「児童福祉法」が改正され、未就学児を対象とした教育の場である「児童発達支援事業所」と、就学児を対象とした預かりの場である「放課後等デイサービス」に分けられたのです。

とはいえ、もともとは就学・未就学問わず預かり保育の場であった「児童デイサービス」が、午前中は「児童発達支援事業所」、午後からは「放課後等デイサービス」となっただけというケースが多くあります。教育のノウハウを持っていないために、相変わらず預かるだけの場となっていることもあります。

放課後等デイサービスについては、2012年の法改正によって、株式会社も参入できるようになりました。国の目標としては中学校区に1施設で、全国で9700施設ですが、すでに10000施設を超えています。これほど増えたのは、放課後等デイサービスに関しては、場所を確保して、人手があればつくれるからです。

一方、「児童発達支援事業所」がなかなか増えないのは、専門性が必要だからです。幼児教育に専門性がある事業体となると、幼児教室の運営会社くらいでしょう。参入できる事業体の数が少ないのがボトルネックとなっています。就学までに適切な療育を受ければ、IQが上がるのですから、本当は未就学児を対象とする児童発達支援事業所の方が必要なはずなのに、こういった理由からなかなか増えていないのです。

軽度の発達障害であれば、療育の開始が遅れることも…
また、発達障害の判定ができる小児科の医師が少ないことも問題です。診断を担当する医師が発達障害に詳しくない場合、「もう少し様子を見ましょう」などといわれて、診断が先送りになれば、余計に療育の開始が遅れます。療育センターでは重度の子どもが優先されますので、軽度と見なされた子どもは、より不利になります。一般に「グレーゾーン」といわれるような子どもに至っては、療育センターに通う機会すら得られないのが現状なのです。

療育を受けられる施設は、各自治体の療育センターだけではありません。ほかの選択肢はどうなのでしょう。その一つに、病院で療育を受けるという選択肢があります。しかし、療育を行っている病院で初診の予約をとろうとしても、10か月から1年待ちは当たり前という状況です。当然、療育の開始までにはそれ以上の時間がかかることになります。

では、民間の療育機関はどうでしょう。民間の施設については、預かることがメインの「預かり型」が多く、療育を受けられる「教育型」の施設が少ないのが課題です。比率としては、預かることがメインの事業所が9割近いというのが現状です。もちろん、「預かり型」のニーズがあるのも事実です。発達障害の子どもを育てているお母さんの苦労は計り知れません。子育ては、ただでさえ大変ですが、たとえば多動傾向のある子どもを一日中追いかけているお母さんは、心身ともに疲れ切っていることも多くあります。そういうお母さんに、ひとときでも休んでもらうためには、預かり型が果たす役割は大きいといえるでしょう。

しかし、子どもの将来を長い目で見たとき、社会の中で能力を発揮していくためには、幼児期に適切な療育を受けることが大切です。教育型の施設が足りず、しかるべき時期に適切な療育が受けられないというのは、その子の将来にわたる大きな損失なのです。

療育が受けられる施設の数が足りないのと同時に問題なのが、療育の質です。自治体の療育センターの現場では、先生が自作の教材を使って、それぞれのやり方で療育を行っています。そのため、療育のノウハウが蓄積されにくいという現状があります。・・・・(後略)

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NPOホップすてーしょんも、この著書と同じような危機感を就学前の発達障害療育に対して持っています。公立の療育センターでも施設によって療育者によって療育方法が異なるし、民間の児童発達支援事業でも経営方針によって様々な療育が行われていますが、セオリー通りの療育からエビデンスがはっきりしないものまで様々です。就学前の児童発達支援も昨日掲載した高学年以降の発達障害支援と併せて新しい事業所の内容として計画中です。発表はもうしばらくお待ちください。

 

授業についていけない僕を救った落語

識字障害で授業についていけない僕を救った落語
柳家花緑 2020.06.28【幻冬舎PLUS】

自身の経験を軽妙につづった花緑さんの新刊『僕が手にいれた発達障害という止まり木』より、一部を公開します。

*   *   *

「読めない」「書けない」から、授業についていけない
僕の本名は小林九(こばやしきゅう)といいます。小学校時代のあだなは、「バカな小林くん」。いやぁ、子どもって残酷(ざんこく)ですね。まくら言葉のように、僕の名前の上に「バカな」がつくんですから。

なぜ「バカな小林くん」なのかというと、教科書が読めないから。一文字一文字追うので、ものすごく時間がかかるし、意味もつかめない。

一番つらかったのは、授業中に「小林くん、何ページの何行目から読みなさい」と、立って読まされるときです。つっかえつっかえなんとか読むのですが、緊張するとますます読めない。すると、クラスのみんなが笑うんです。

教科書が読めないと、すべての教科についていけなくなります。言葉の認識が苦手なので、思考力も育ちません。1年生でついていけないということは、2年生になると完全に落ちこぼれです。

担任の先生からは、しょっちゅう怒られていました。というのも、授業がさっぱりわからないので、ついしゃべったり、よそごとをしてしまうんですね。だから先生からしてみたら、授業を妨害(ぼうがい)する問題児です。

自分なりに、必死でついていこうとはしていたんですよ。でも、どうしてもついていけない。すると、自分でも「自分はバカなんだなぁ」と思ってしまいます。

言い換えると、自分で自分のことを、あきらめてしまうんですね。だから、「バカな小林くん」と言われても、なにも言い返せません。

宿題も、ほとんどやったことがありません。どうせわからないし、やる気も起きません。でも、「やらなきゃいけないことを、やっていない」という負い目みたいなものは、子どもながらに感じていたと思います。だから、なんかもやもやしてしまう。

そうそう、こんなこともありました。祖父の五代目柳家小さんには、大勢の弟子がいました。そのなかの一人が、柳家小三太(こさんた)師匠という先輩。当時は前座で、「小たか」と名乗っていました。で、僕が宿題をしないのを見かねてか、ある日、宿題の算数のドリルを一緒にやってくれたんです。

翌日、今日は珍しく宿題を提出できると意気揚々(いきようよう)。宿題が先生から戻ってくると……なんと答えが全部×、間違っていました(笑)。

でも、「バカな小林くん」と呼ばれても、学校には毎日行っていました。なんでかなぁ。たぶん、友だちと遊びたかったからでしょう。というより、しゃべりたかったから。それくらい、しゃべるのが大好きな子どもでした。

あっ、あと、「好きな女の子に会いたい」という気持ちも大きかったですね。小林くん、なかなかノーテンキです。

落語のおかげ
小学校5年生の通知表の所見欄には「気が散って学習に身が入りません」と書いてあります。でもその後、「心をおちつけて、絵を描くときのように、根気よく復習しましょう」と続きます。

というのも、勉強はできないけれど、図工はすごく得意だったんです。絵を描いたり工作をするのは、遊びの感覚。熱中し出すと、それこそ我を忘れてとことん熱中するので、絵を描いているときはすご~く静かです。

中学に入ると、音楽と美術はたいてい5段階の5。数学や社会、英語が1なので、そのコントラストといったら! 好きな科目のときは、ウキウキしましたね。それに助けられていた面もあります。

僕の場合、相当な落ちこぼれだったので、いじめにあっても不思議ではありません。実際、今思えば彼も発達障害だったんだろうなと思えるクラスメイトは、いじめられていました。

僕がいじめられなかったのは、落語のおかげです。9歳から落語を始め、祖父の高座に初めて出たとき、その様子がテレビで放映されたんです。すると、信じられないようなことが起きました。なんと、バレンタインデーにチョコレートをもらったんです。それも、5人から! ちなみに兄はカッコいいので、いつも山のようにチョコレートをもらっていましたが。

まぁ、当時はテレビに出たというだけで、ちょっと一目おかれた。だから、いじめられなかったのでしょう。本当に、落語には助けられました。

母は、いずれ僕を落語家にしようと心に決めていたようで、小学校2年のころから日本舞踊や三味線などの習い事をさせられました。それは、自分としては楽しかったんです。踊りや音楽はけっこう得意だし、好きだから熱中するんですね。

これは余談ですが……。

母は直感で、兄にはクラシックバレエを習わせようと思ったようです。確か当時兄は、10歳くらい。もう、恥ずかしいと思う年齢ですから、タイツなんて穿(は)いて踊るのはイヤだとゴネました。すると母は、兄にこう言いました。

「九にもやらせるから」

「それなら習いに行ってもいい」

そんなわけで、兄と一緒にバレエを習いに行くことになりました。

ところが通い始める直前に、兄が階段から落ちて腕を骨折してしまいます。しかたなく、僕だけ小林紀子バレエ団に通うように。兄の小林十市(じゅういち)は後にプロのバレエダンサーになりますが、そんなわけで実は僕、バレエに関しては兄の先輩です(笑)。

いよいよ修行開始
正式に落語の修行を始めたのは9歳のとき。最初に教えてもらったのは、『から抜け』という、与太郎(よたろう)が出てくる噺です。

与太郎とは、落語によく出てくるキャラクターで、ちょっとマヌケで、失敗が多い。人から言われたことを、一度では理解できません。でも、あいきょうがあって、人からあまりきらわれない――とまぁ、子ども時代の僕みたいなキャラクターです。

『から抜け』は、小噺(こばなし)がいくつかあるような感じで、全体で7分くらい。与太郎だけではなく、近所のおばさんや、兄弟、父親も出てくるので、キャラクターを演じわけるように、と教わった記憶があります。教えてくれたのは、叔父である、今の六代目柳家小さん。当時は柳家三語楼(さんごろう)といいました。

落語は、「口伝(くでん)」というやり方で師匠から教わります。口伝とは文字通り、「口で伝える」。つまり、師匠がしゃべるのを聞いて、覚えるわけです。

その昔、録音機器がなかった時代は、まさに師匠の一言一句を記憶するしかなかったのでしょう。僕が修行を始めたころは、カセットテープに録(と)らせてもらって、それを何度も繰り返して聞いて、マネしてしゃべっていたんだと思います。

2席目は『桃太郎』という親子の話。その後、祖父に『芋俵(いもだわら)』という泥棒の話を習いました。そのときに初めて、間(ま)というものを教わりました。祖父の口マネをしながら、「そうだ、もっとそこはゆっくりだ」といった感じで教えてもらい、繰り返し稽古をした覚えがあります。

中学に入ると、カセットを聞いてノートに書きとるようになりました。残念ながら、当時のメモは残っていません。たぶん、先輩の誰かからノートに書いたらいいと言われたのでしょう。中学校を卒業するころには、11席くらい、やれるネタがありました。

*   *   *

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