名大、睡眠中に記憶消す神経発見 起床直前の夢、忘却に関与か?
共同通信社 2019/09/20
レム睡眠と呼ばれる浅い眠りの間に、記憶を消す働きを持つ神経細胞を発見したと、名古屋大の山中章弘教授(神経科学)らのチームが19日付の米科学誌サイエンス電子版に発表した。起きる直前に夢を見ても、すぐに忘れてしまうのは、この神経が働くためかもしれないという。夢には記憶を整理する機能があるとされるが、とっぴなストーリーのような副産物も生じる。山中教授は「脳は睡眠中に重要でない記憶を消し、次の記憶に使える容量を増やしているのではないか」と話した。
この記事をみて、「やっぱりそうだったかー!!」と驚く人は、トラウマ治療に深い関心がある人です。EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対して、科学的に根拠のある心理療法と言われています。また、他の精神科疾患、精神衛生の問題、身体的症状の治療にも、学術雑誌などに成功例が詳細に記述されています。とはいうものの、この山中教授のような実験結果ははじめてなのです。記憶を消すメカニズムがやっとわかりそうだという事です。
例えば、震災でトラウマを負った方は。不安なことがあると地面が揺れているように感じたり、自分の意志と関係なく当時の凄惨なシーンが蘇ったりするPTSDで苦しみます。そこでEMDRを使って治療を行います。対象者は一つのトラウマ(悩まされている恐怖体験)のエピソードを頭に思い浮かべます。治療者は対象者の顔の前に指を立て、腕を左右に振り、対象者はその指先を目だけを動かして見続けてもらいます。これで目の眼球は左右に動きます。基本的にはそれだけです。そうすることにより、トラウマ記憶がどんどんと変化していきます。そして、それにともなって、トラウマ記憶にともなう認知や感情、身体感覚も変化していきます。
1990年に発表されたEMDR。嘘だろうと最初はだれもが思いました。フランシーン・シャピロという人物はとんでもないエセ心理士だという人もいました。ただ、浅い睡眠時のレム(REM:Rapid eye movement:急速眼球運動)睡眠は記憶の整理をしているという仮説は広く知られていました。「眼球運動と記憶の理屈は合っている」と考えた精神科医や心理士がやってみるとうまく治療できたケースが多かったのですが、それがどうして有効なのか物質的な証拠が見つからなかったというわけです。そして今回、その証拠かもしれない神経細胞が見つかったというのですから、30年前のシャピロの仮説が証明できるということです。
科学は根拠から出発しますが、根拠が見つからないものもあります。むしろその方が多いのかもしれません。それでも人は直感と経験を頼りに実践を切り拓きます。そして、誰でも同じ効果が得られて長く持続できたものが生き残ります。これを一枚一枚はがすように説明するのが科学の面白さでもあります。