教員が燃え尽き症候群にならないために(今村裕の一筆両断)
1/31(月) 【産経新聞】
大阪北区のメンタルクリニックへの放火事件で25人もの人が亡くなった事件は記憶に新しいことでしょう。犠牲者の中に、学校の先生がおられたことも話題となりました。これは氷山の一角で、隠れるようにクリニックなどに通院され、診療、カウンセリングを受けておられる方も多いことでしょう。院長を含め、犠牲者の方には心よりご冥福をお祈りします。
「バーンアウト(シンドローム)」という言葉をご存じでしょうか。日本語では「燃え尽き症候群」ともいわれています。1970年代に米国で医療、福祉の現場に携わる、人と直接関わることを主な方法として人を援助する仕事(以下、対人援助職)などに従事する方々に生じる現象として話題にされ始めました。「人を相手に働く過程で、援助者が心身のエネルギーを失い、患者さんをはじめ、同僚に対しても否定的な態度を向けたり、自分自身に否定的な評価をしたりする現象」とも言われます。これ以上専門的なことはここでは触れませんが、ヒューマン・サービスともいわれる対人援助職の方々ご自身が疲弊してしまっていることが特徴です。
日本では看護師にバーンアウトが多いことから、耳にされた方もいらっしゃることと思います。ほかに介護職、保育士からも「心身の不調で長く勤務が続かない」などの声が聞こえてきます。放火で亡くなられた教員経験者も、その傾向があったとの報道がありました。鬱(うつ)病などの精神疾患で病気休暇となった教員の数は、公立学校で令和元(2019)年度に5478人と過去最多になっています。ここ10年以上毎年5千人前後の人が精神疾患で病気休職となって高止まりしているのが現状です。
この春から、学校の教員を含め看護師など対人援助職となられる若い方にとっては夢を壊す内容になるかもしれませんが、こういう現実もあることも知ったうえで、新しい職場に向かってもらいたいと思います。
昭和41(1966)年度と平成18(2006)年度、さらに28(2016)年度に文部科学省による大規模な教員勤務実態調査が行われました。残業時間について、昭和41年度では約8時間(平日休日を含め)だったものが、平成18年度では平日は約34時間に増加、休日は8時間に増加となっています。28年度の調査では、10年前の18年度の調査と比較して、教諭については1日あたり、小学校の平日で34分、土日は49分、中学校の平日で32分、土日は1時間49分の増加が明らかになりました。残業時間だけの問題ではありません。
最近でも、さらに業務量は増え続けています。例えば令和2年度から新しく実施されている小学校新学習指導要領において、プログラミング教育の必修化、これまで5、6年生が行っていた外国語活動が3、4年生から週1~2時間で導入され、5、6年生では「外国語」として正式に教科化、週3時間程度行うようになりました。「働き方改革」と銘打たれているさまざまな動きがあるものの、逆に教員の忙しさに拍車をかけているのかもしれないと思えてくるほどです。
「チーム学校」「令和の日本型教育」「GIGAスクール構想」「アクティブ・ラーニング」「プログラミング教育」「ICT活用」「オルタナティブ教育」「グローバル化対応の教育」「SDGsに対応した教育」…。ここ10年ほどの間に学校現場で取り組むようにと、声高らかに喧伝(けんでん)されてきた言葉です。すでに消えかけているものもあります。「いじめ」や「不登校」などへの対応、さらには理不尽だと思われるような要求をする保護者との対応などはそれ以前から、喫緊の課題とされています。
肝心なことを忘れていました。毎日5~6時間分の授業の教材研究や教材作成、採点や添削、学級経営、学校行事、校務分掌、日常的な保護者対応、子供のトラブル対応、お便りや資料作成、職員会議、研修など多方面にわたり取り組んでいるのです。
おっと、これもあります。中学校には「部活動」と呼ばれる究極のボランティア活動がありました。現在はこれに「武漢コロナウイルス対応」が加わっています。
「子供たちの教育をよりよく」と考えての改革はわかりますが、それを実施する教員の業務はすでに飽和状態です。何かを増やすのであれば何かをなくさなくては、メンタルの不調を訴える教員はさらに増加することでしょう。
平成30年の春に、NHKで学校が舞台のドラマがありました。内容は「いじめ、体罰、モンスターペアレンツ、教員のブラック労働」などにスポットを当て、崩壊寸前の学校現場にスクールロイヤー(学校弁護士)が立ち向かうというものでした。ドラマだとつい脚色が過剰になり、現実との乖離(かいり)を感じますが、このドラマはなかなか現実感があったと記憶しています。ひとつ印象に残った台詞(せりふ)を紹介します。スクールロイヤーが「学校の先生方は何を求めているのか?」と尋ねたことに対し、教務主任の先生が「教師の数を増やしてほしい。ただそれだけです」というシーンがありました。もっと他に方法があるだろうと考える方もいるでしょうが、教員の問題を考えたとき最終的にたどり着くのは「人を増やしてほしい」の一言に尽きるのかもしれません。
「これだから学校の教師は甘えているといわれるんだ」と別の業界から声が聞こえてきそうです。
【今村裕(いまむら・ゆたか)】昭和31年、福岡市生まれ。福岡県立城南高校、福岡大学、兵庫教育大学大学院修士課程、福岡大学大学院博士後期課程。公立小学校教諭、福岡市教育センター、同市子ども総合相談センター、広島国際大学大学院心理科学研究科、大分大学大学院教育学研究科(教職大学院)を経て、現在開善塾福岡教育相談研究所代表。純真短期大学特任教授。臨床心理士、公認心理師。
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現代の若者には、公立学校の教師は働きがいがないと見えているようです。先の文科省調査では全国の公立学校で、2000人以上の教員が不足しているとし、公立の小中高校で1860人、特別支援学校で205人の教員が不足しているそうです。教師が配置できず、授業を実施できない中学校は16校、高校は5校にのぼっているそうです。産休や育休の取得者数や、特別支援学級の数が増えたことが主な要因と考えられるといいます。また、2021年度に全国で採用された公立小学校の教員の採用倍率は2.6倍で、3年連続で過去最低となっています。
バーンアウトする前に学校を離脱する若手教師も多いです。記事にもあるように次から次に新しい教科を増やす割には教員は緩やかにしか増えません。小学校で6時間授業をすれば一体その準備はいつやるのか、昭和までは準備もそこそこに教科書どおりに自分の知っていることを話して、子どもの出来不出来は自己責任と言うシステムで良かったのですが、情報社会は閉じた学校システムを許さず、働きの悪い教員や管理職をあぶり出すようになりました。その結果、教員同士がお互いを守ることがなくなり、孤立化させられ弱い教師は精神を病むという結果になっています。
チーム学校等と当たり前のことを言わなければならないほど、教員は孤立化し追い詰められているとも言えます。バーンアウトと言うと一生懸命頑張って燃料切れで落ちていくイメージですが、最近の傾向は、頑張る前に落ちていく教員が多いようにうかがえます。人手を増やすことは、仕事量を減らして多忙感を減らす意味では有効かもしれませんが、働き甲斐がない職場は人を育てません。管理職も先輩職員もパワハラだけを気にしていると、思ったことが言えず、結果、面倒なことは蓋をするようになっていき、若手教員を引き付ける力も失っていきます。しかし、あれこれ足りないことを言っても、余裕がなければ職場の再生は難しいですから、教員の働き方改革が焦眉の課題であることは間違いないです。