みんなちがってみんないい
消去と強化を組み合わせる
おさらいです。人は起こした行動に対する結果が望ましいものだと、以降もその行動を繰り返しやすくなります。この望ましい結果(ごほうび)を与えてその行動を増やすことを「強化」と言い結果のことを「強化子」と言います。お菓子や、おもちゃ、褒め言葉など本人が喜ぶものはどのようなものでも強化子になります。
人は行動のあとにごほうびとなる出来事が得られないと、その行動が減少していきます。これが「負の弱化」=「消去」です。罰には積極的罰と消極的罰があり、ごほうび(快)を取り去るのが消極的罰です。ここまでが前回の掲載でした。でもそんなに上手くいかない現実の問題にどう対応するのかと言うのが今回のお題です。
ABAを心得ている現場では、原則は罰の手続きだけを用いることはありません。罰を与える人がいない時に不適切行動が増えたり、他の不適切行動が増える可能性があるからです。このようなときは、環境調整(強化子のない場所)などによって対応していくほうがよいと言われています。消極的罰を用いるのは、子どもが幼く、困った行動が起きてから期間がたっていない場合などに限ったほうがいいと思います。
不適切行動に対応するには、問題行動を減らしつつ、望ましい行動を増やすことが重要です。つまり、消去と強化の両方を使うのです。消去は、「求めているものを与えない、もしくは与えられない」という状況を作ることですので、例えば、欲しい物があって泣き叫んでも毅然と無視し「欲しいものが手に入る」という強化子をなくします。これまでの「泣く」→「欲しいものが手に入る」→「泣く」という負の循環を断ち切ります。消去を行う時は、一時的にその行動が悪化する「消去バースト」(泣く強さが強くなる、暴れるようになるなど)が発生します。これも大人が反応せずにいるといずれ消去バーストは収まります。他者の迷惑にならない場所に連れて行き、泣きやむで待ちます。
時間がかかる場合もありますが、要求に反応してしまうと、逆効果なので一貫した態度で対応します。消去バーストが起きた時に完全に無視し続けることができないと、その困った行動を強化してしまうことがあるからです。例えば、要求が叶わず大泣きしても無視しているとします。そこで、物を倒したり傷つけるなどして無視し続けることが難しくなり対応してしまうと、より派手で影響が大きい行動をすれば大人に無視されないと学びます。そうすると、次回以降は最初から影響が大きい行動をするようになります。それが予測できるなら「要求の起こる場所に行かない」「別の場所で過ごす」などの環境調整で対応するほうが無理なく困った行動を防ぐことができます。
不適切行動を減らすと同時に、望ましい行動ができた時に褒めたり、ごほうびを与えることで強化を行います。強化には、様々な方法がありますが、今回は「別の適切な行動を強化する」という方法を例にあげます。「泣かずに○回行動できたら要求を叶える」というルールを設定し、事前に子どもと契約します。このルールを子どもにわかりやすく伝えるために、ノートやメモ帳を使って、適切な行動が終わるたびにシールが貯まる仕組みを作りましょう。このように、ポイントが貯まることでほうびがもらえる仕組みのことを「トークンシステム」と言います。トークンが一定数たまったら、要求が叶うご褒美(強化子)を用意し、実際にルールを守って行動ができたときには褒めてあげながらシールを貼り、揃った時はごほうびをあげます。このトークンの数は子どもと交渉しないほうがいいです。交渉するとトークンが減ると言う行動が強化されてしまうからです。何をトークンにするか、多い少ない増やす減らすは現場のセンスが問われます。一気に核心に迫らず、成功しやすいものから徐々に取り組むことがセンスを磨く初心者にはおすすめです。
子どもの特性はひとりひとり異なること、また問題行動の種類や状況は様々であるため、対応の方法は全て異なりますが、これらの手法により、どのような原因があるのか、どう行動を起こすべきなのかが具体的になります。不適切行動には、大声を出し合ったり嫌味の言い合いをしたりと子どもと同じレベルで力比べのような対応をするくらいなら、その膨大なエネルギーを無視とアイデアと褒め抜く根気に使っても損はないと思います。そう周囲の人たちにも最初から言って回ればどうでしょう。そして、少しでもうまく行った時は同じく周囲の人に喜んでみせるのです。笑顔を否定する行動は倫理に反するので弱化され減って行きます。あなたを直接否定する声は減って行くはずです。そして、よかったねと言ってくれたらありがとうと感謝して励まし行動を強化するのです。消去と強化を組み合わせると言うのが今回の提案でした。ご意見、ご質問お待ちしています。
思春期1
思春期は、子どもから大人への変化期間で、男の子の場合は11~18歳頃です。とはいっても、6年になった途端に思春期が訪れるわけではありません。前思春期は小5から始まっていますし、個人差も大きいので、急に変わったと親が驚くことは少なくありません。体の変化から始まり、精神面にも、社会で担う役割にも変化が訪れます。発達障害のある子どもにとっては、この変化が怖く感じられることもあり、混乱から困った行動につながってしまう場合もあります。
思春期の混乱によって出てきた困った行動には、男女の違いも含まれます。母親にとっては、どのように関わったらいいか迷うこともあります。体の成長への対応、勉強や交友関係、ゲームとの関わりなど、さまざまな事があります。
心の変化としては、自意識の芽生え、恋愛感情を覚えること、イライラや不安を覚えやすくなるという点です。社会的な役割に変化が出てくることで「一人の人間」という自意識が芽生えます。また、第二次性徴による体の変化に伴い「異性」「同性」という概念をより意識することで恋愛感情が生まれます。このような変化を受け、子どもの心は複雑になっていきます。心が複雑になることで、自分の中では扱いきれないテーマや感情を抱えるようになることも増え、精神が不安定になったり、イライラを覚えたりするのです。
発達障害がある子どもの場合、このような変化に相手の感情が読みにくいTPOにかまわず字句通りに行動するなどの認知特性が加わることで、極端な感情を持ったり、行動に移してしまうことがあるかもしれません。自分の内外における変化の複雑性に耐え切れず、不安定になっている点が思春期の特徴です。ライフステージが上がるごとに、社会から与えられる役割はより複雑になります。例えば、以前なら許されていたわがままも「もう大きいんだから我慢しなさい」と、とがめられたり、他人や女性との距離感を調節する必要が出てきたりします。
思春期は、自立心の芽生えから自己主張が強くなり、大人の指示に対して反発することが目立ちはじめます。思春期の男の子を育てる保護者には「人間関係、家庭内での暴言・態度、ゲーム・ネットへの依存」などの悩みが多くあります。
心と体の成熟スピードのアンバランスさから困難を感じている場合もあります。体は大きく成長しているのに心は幼い場合や、体の成長に対して心がませている場合もあります。男女差だけでなく、子どもに起きているトラブルの背景に何があるのかを見極め、無理をさせすぎないよう留意しながら年齢相応な行動ができるよう、対応していく必要があります。次回は対応について考えます。
思春期2
さて前回は、思春期の子どもを育てる保護者の方が感じやすいであろう悩みの背景に、「今までのわが子とちがう」という点を述べました。また母親の場合、異性である息子の成長に戸惑い、対応の仕方に迷いが生じて、叱ってばかりになったり、はれ物に触るように対応したりなど、コミュニケーションがうまく取れなくなる人も少なくないということを書きました。今回は、どう対応すればよいかを考えていきましょう。
まずは視覚的構造化です。「勉強するゾーンと趣味のゾーンを分ける」「忘れ物しないよう置き場所を決めておく」など、環境を整えることで、子どもにとって刺激が少なくなったり、行動の切り替えがスムーズになります。そのため、大人の介入が減りストレスや衝動的な言動を減らすことができます。起床についても修羅場となる場合が少なくないですが、基本は起きて朝の家庭での活動(食器ならべ、掃除など)があることや起床習慣しかありません。これは前回述べた(7/13)睡眠障害のところもお読みください。
自立心が芽生えはじめた子どもに対しては、大人が指示する方法でのコミュニケーションは難しくなってきます。自立心の芽生えはじめた子どもにとって思春期は、自分の主張や考え方を表出して意思を示す事。自分の主張や考えを他者と調整して考える事。解決にむけて妥協する事。の力をつけていく時期にあたります。意思を示した子どもに対して、「考える」支援をすることで、解決に導いていくことが求められます。この時に「気持ちを尊重して聴く」ことが、子どもが自分で自分の考えを整理し動き出す支援になります。
聴く時は、すぐに否定せず「そう」「うん」などの言葉で気持ちをいったん認める。子どもの気持ちを代弁する。どうする?どうすればいい?など、考えをたずねることが重要です。気持ちを認め、代弁することで、コミュニケーションができる関係性をつくり、反発・拒否だけで終わらず、どうすればいいのかを自分で考えられる時間をつくります。
食事時間なのにゲームがやめられない場合
大人「ごはんだよ」子ども「分かってる」大人「そう。今いいところなの?」大人「…うん」大人「一応決着つくのに何分くらいかかりそう?」(時間をおいてから)大人「〇分たったよ。一応の決着ついた?」。「今いいところなの?」と子どもの気持ちをいったん認めたうえで、何分くらいかかりそうかたずね、自分で考えさせるのがポイントです。
思春期の子どもは、小さいころと同じようにほめられると子ども扱いされたような気持ちになることもあります。子どもの心の発達に合わせたほめ方が必要になります。ほめられることで適切な行動が増え、親子のコミュニケーションも向上します。ポイントは、できないことではなく、できていることに着目し、結果ではなく努力(プロセス)に着目し、感謝や敬意を伝え、さらりとほめることです。例えば、寝転がってお菓子をたべながら宿題をしている状況なら、「机に座ってやりなさい!」と言えば、「うるさいんじゃ」となりますが、できていることに着目すれば「お、やってるな!」となり、子どもも悪い気にはなりません。
買い物でも、「忙しくて手が離せなかったから、買い物に行ってくれてほんとに助かった。ありがとう」とほめるほうが「えらいえらい」よりはるかに感謝が伝わります。「えらーい」「すごーい」と言われると、馬鹿にされたような気持ちになることもあります。さりげなく敬意を伝えることが大事です。
また、聴きたいことがあるときは、最初から聴き出そうとするのではなく、子どもが興味のある・話したいと思っている内容をまず聴くことが大切です。大人にとって都合のいい話ばかりをさせたがると、大人と話すことに意義を感じられなくなってしまいます。
ゲームやテレビ、勉強の時間など、大人と子どもで目標となる行動を話し合って決め紙に書きます。約束が守れたら印をつけ、記録します。ポイントがたまったら決めておいたものや好きな活動を交換できるシステムです。約束しておくことで、行動を促す際にスムーズになります。保護者が一方的に押し付けるのではなく、子どもの気持ちを受け止め、意見を聴いてからつくり、ハードルは高くせず、やればできるけれど、「継続・定着」が難しい行動を目標にしましょう。評価のポイントを明確・具体的にして、できなかったときのリカバリー策(例えば、同等の時間を必要とする家事や作業)も予め話し合って設けましょう。行動契約のメリットは、自己コントロールが育ち、自分の頑張りや努力が表なので目で見て分かりますし、将来就労したときに給料と労働の仕組みを体感でき理解しやすくなります。
このほかに異性のことや第二次性徴のこともありますがこれはまた別の機会とします。大事なことは大人が子どもの心の成長と発達障害ならその特性に合わせた対応に変えていくことです。特に敬意を払うこと、予告や契約は重要です。子どもに敬意を払うなんてとか、身近な子どもに契約なんてよそよそしいとか思う方が少なくないのですが、約束は人間生活のあらゆることに大事なことです。また、約束が守れなかった時の謝罪を含めたリカバリー方法も絶対に必要なものです。それはお互いを尊重するからできることなのです。
他者感情をうまく読みとれないから、敬意をこめて丁寧に(しつこくではありません!)理由を話すのです。もともと整理や順序が苦手だからこそ構造化(目に見える)した環境でむかつく大人から介入されなくても一人でできるように自立させ、字句通りに0か100かで考える人だからこそ契約文書でのトレーニングが有効となるのかもしれません。
京アニ
7月18日に京都府京都市伏見区京アニで発生した放火・殺人事件は、京都アニメーション第1スタジオに男が侵入してガソリンを撒いて放火したことにより、京都アニメーションの関係者に多数の死傷者が発生しました。死者は35人に上り、警察庁によれば「放火事件としては平成期以降最多の死者数」となった痛ましい無差別殺人事件です。現在も世界中から京アニを支援する取り組みが続きクラウドファンディングはすでに2億円を超えています。筆者が京アニを知ったのは、2009年「けいおん!」ですが、たまたま知り合いの子どもが素敵なアニメだからと紹介してもらったのがきっかけです。アニメ「けいおん!」シリーズのロケ参考地となった滋賀県豊郷町では、同町の伊藤定勉町長が公式サイトに声明を発表し、豊郷町観光協会は同シリーズの校舎のモデルとなった豊郷小学校旧校舎群に献花台を設置しました。2016年には初めてのアニメ映画だけの製作「聲の形」が上映されましたが、これは聴覚障害者の学園生活を描いた同名の漫画を映画化したもので、素敵な映画です。「聲の形」の舞台モデルとなった大垣市でも事故翌日には市内2箇所に募金箱を設置したそうです。また、高校ブラスバンドのアニメ「響け!ユーフォニアム」シリーズの舞台となった宇治市では事故の翌日、宇治市観光センターに募金箱を設置しました。この事業所の子どもたちも影響を受け毎日のようにアニメ画を描いている子がいます。京アニは私たち、子どもたち、世界に素敵なアニメを送り続けています。がんばれ京アニ!
不登校ユーチューバー
「不登校は不幸じゃない」と“不登校ユーチューバー”として「ゆたぼん」(10歳)が注目を集めました。
https://binged.it/2OtmXOL
不登校児は年々増加しており、調査によると「少子化にもかかわらず、不登校の児童生徒数の割合はこの20年で1.5倍に増え、過去最多になっている」そうです。ゆたぼんは不登校になった理由として「周りの子たちがロボットに見えたから」などと説明していて、ゆたぼんを後押しする著名人も多数登場した。脳科学者の茂木健一郎氏はゆたぼんと対談し、「学校に行かなくても学ぶことは無限にできる。学校で身につく社会性がすべてではない。応援しています」とコメントします。ほかにも「勉強が嫌いならしなくてもいい。掛け算は計算機があるんだから、できるようになる必要はない」と発言する人もいます。世の中では“不登校でも構わない”という主張が結構あるようです。
しかし、文部科学省の「不登校経験者への追跡調査」によると、「行かなくてよかった」と肯定的評価をしているのは約1割で、約4割が「行けばよかった」と後悔しているのも事実です。不登校でもいいという世論はあるけど、所詮、他人の子どもだからではないでしょうか。自分の子が不登校になったらどうされるのでしょうと思います。不登校当事者と無関係な人が学校に行かなくていいと安易に語っているような気がします。
なんとなく面倒で学校に行かなくなった人の中には、家ではゲームしたり、まったり自由に過ごし、浪人して大学に入ることができたのですが、学力が伴わないのと締め切りも守れないので、先輩や同期の友人に助けられながら卒業したそうです。そして、不登校のときは一人でも平気だと思っていたけど、人間関係が重要だということを初めて学んだと言います。
他には、学生時代の友人はゼロで、ネットを通じた知り合いが数人いる程度で、結婚式に呼ばれることもないし、人付き合いの仕方がわからないから、彼女ともつき合ったこともないそうです。体育祭や修学旅行など学校生活の思い出もなにので、ドラマやマンガでそういうシーンを見ると羨ましくて胸が締めつけられるそうです。そして今、将来の孤独死を恐れながら暮らしている方もいます。
小学校や中学校は、子どもたちが基礎学力や社会性を身につける発達期なので、行かなくていいという根拠がありません。おそらく、行かなくてよいという発言には、様々な子どもに合わせられない今の学校への批判が含まれているのでしょうが、そういう発言は改革に後ろ向きな学校を免罪するだけで、学校が子どもをふるい分けする仕組みを強化するだけです。大人になって何をやるにしても、柔軟な発想を生み出すためのベースは基礎学力と多様な対人経験だと思います。高校生や大学生なのであれば、本人の選択に任せていいと思います。本人が無駄だと思う時間を浪費するより、学びたい知識や実用的な技術を身につけた方がよいと思うからです。
カリスマティックアダルト
「カリスマティックアダルト」という言葉は、ハーバード大学のロバート・ブルックス教授が、「ありのままの自分を受容し、課題をきちんと指摘してくれるカルスマティックアダルトとのかかわりが、人の人生を大きく変える」と示し、発達障害の子どもらの成長に欠かせない存在としてこの言葉は引用されています。辞書には、『よき理解者あるいは本人を常に無条件で受け入れてくれ、また本人が全幅の信頼を寄せている成人のことを「カリスマティック・アダルト(Charismatic adult)という。本人を心から信頼してくれるよき理解者こそが、その子どもの秘められた才能を引きおこす最も重要なキー・パーソンとなる』とあります。
カリスマティックアダルトと呼ばれる大人は、子どもには、多元的(色々)な知能があること、人間社会には、多様性が必要であることを知っています。そして、子どもにおける「正常」というのは神話のような作り事で、だれにもその子の能力を予測することなどできないと信じています。
子どものカリスマティックアダルトは、同性の家族が理想的ですが、他人でも構いません。おじいちゃんやおばあちゃん、学校の先生や近所の人、たまたま知り合った趣味の人。それは、子どもがなりたいと憧れる大人だから、カリスマティックアダルトになろうとしてなれるものではありません。それは、子どもが決めるのです。このことを勘違いしている大人は多いです。できる人が「カリスマ」ではないのです。「しっかり」している大人が良いわけでもありません。弱点があったり苦手があったりするから子どもが選ばないわけでもありません。ずばぬけて得意な分野があるというのはきっかけにはなりますが、あとは子どもが見抜くのです。
以下のことは十分条件ではないけれども必要条件かもしれません。それは、相手に共感することができる人。子どもにレッテルを貼らない人。子どもが自分の弱点を才能にする手助けができる人。「何が欠けているか」ではなく、今ある自分の素質をベースにした自分らしさを育てる手伝いをする人。大丈夫という感覚を与える人。子どもの怒りを沈めるために冷静な無関心を用いる人。子どもをぞんざいに扱ったり見下さない人。子どもの目線に立つことができる人。その子が内に秘めている価値を見いだすことができる人。子どもがうまくいかないとき、自分ならどう違ったやり方ができるか考えられる人。子どもから自分の評価を求め、真剣に話を聞くことができる人。
子どもたちは、自分はここに居場所があり、自分に選択権があり、自立していると感じ、つまり「自分はできる」と感じることを大切にしてくれると信じる人を、カリスマティックアダルトと決めるのです。
インフォームドコンセント
心理検査の目的を一言で表すとすると、「子どもの障害の程度を把握し、1人ひとりに合った支援を行うため」です。発達障害の中には、自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠陥多動症(ADHD)、学習障害(LD)などさまざまな障害があります。しかし、以前のようにアスペルガー症候群や非定型自閉症といった細かい分類をすることは少なくなっています。それは、発達障害では、障害の重なりがあり明確に分けられず、発達の凹凸は子どもそれぞれで異なり、それに伴って障害の特徴も細かく違っているからです。(日本の場合、障害の診断は医師しかできません。)
発達の度合いや知能の程度、各能力の特徴まで検査をすることで、発達障害の子どもの特性をしっかりと把握することができます。同じ障害の診断だとしても、検査の結果により見られる凹凸は一人一人違います。その結果をもとに、どの能力を活かしていくか、どのような支援が必要かを、子どもの特徴に合わせて考えることができます。
心理検査は、当事者か保護者の依頼がなければできません。もちろん、学校や施設は心理検査を行うことで正確な支援内容を考られることなどを保護者に説明して検査を勧めるのは良いことです。しかし、何故検査が必要なのか十分に説明しないまま、「障害の疑い=検査=診断=配慮の理由」という流れ作業のように扱ってしまうと、保護者は検査を子どものふるい分けに感じてしまい、たとえ検査を受けても、障害の証明書を突き付けられたような嫌な気持ちになることがあります。検査を勧めることは、その結果報告に基づいて、現場は全力で支援する約束をしたということです。「勉強ができなかったのは障害の結果」「不適切な行動は障害の結果」と子どもの責任にしないという約束です。
また、一部の地域では検査をしているのに検査結果の報告書を保護者にも当事者にも渡さない検査者がいるそうです。例えば、病院で検査を受けて、医師が病気のあれこれを言うだけで検査結果が当事者に示されなければ、何がどの程度悪い病気なのか患者にはよく分からないまま治療が進めらるのと同じです。今日、十分な情報を得た(伝えられた)上での合意(インフォームドコンセント)は医療に限られたことではありません。報告書がないのも問題ですが、報告書があるのに手渡されないなどという事がまかり通っている地域があるとは、開いた口がふさがりません。おそらく、報告内容に責任を取りたくない言質を文字で残したくないという検査者や組織の保身のためでしょうが、検査に携わる者として許されることではありません。医療も何もかも人が判断して行うことで100%はあり得ません。だからこそ、説明と合意が必要なのです。合意のための説明には文書があって当たり前ですし、当事者が写しを持ち帰るのも常識です。報告書を渡さないのがいかに非常識かということです。リスクを取らない検査者の言うことは信じられないと思います。
心理検査を依頼するときは、何のために検査をするのか、結果が出たら子どもにとってどんなメリットやデメリットがあるのかきちんと説明をしてくれる人かどうか判断して依頼しましょう。次回は、検査の実際について掲載します。
標準化された検査
検査は公的な機関や病院、教育機関などさまざまな場所で活用されます。発達障害の診断では、様々な施設で心理検査を受けることになります。専門家のいる病院やクリニック・発達障害者支援センター・児童相談所・保健センターなどです。また、診断以外でも発達障害の子どもの特徴や性格を細かく知って支援や教育の方針を明確にするために活用されます。そのため学校や放課後等デイサービスなどでも使用されます。逆に、心理検査の報告にあまり関心のない施設があったり職員がいたとすれば、そこは特性に応じた細かな支援については関心がないところかもしれません。
心理検査は子どもの一部分の情報ですから検査の様々な数値が子どもの実態の全てを表すものではありません。数値は低いのに努力した結果、進学校に入学している高校生もいますし、高い数値なのに怠学の結果、進学する学校の選択肢が少ない中学生もいます。心理検査の結果だけで、その人の人生はわからないのです。しかし、心理検査で能力の凸凹があることを知っていれば、子どもに向いた学習の仕方や生活の仕方をあらかじめ考えることができます。何かにつまずいた時も原因が把握しやすくなりますから、傷口が広がらないうちに早く対応できます。子どもに持ち続けてほしいものは高い能力ではありません。自分は失敗しても立ち直れる、その方法は必ず見つけることができるという気持ちが育ってほしいのです。そのためには、失敗しても支援によってリカバリーできた経験や、失敗を予測して別の方法で到達する経験をたくさん積んでほしいのです。そうすれば自分を信じることができるし、支援を信じることができるはずです。
心理検査の流れは、行動の観察・問診として、実際の検査を実施する前に、子どものおおまかな特徴、生育歴や生活環境を把握します。また、本人や両親の困り感、関係者の意見や周囲の環境面についても把握します。そして、報告がどの場所で誰に活用されるのかを判断して検査の種類を選択します。心理検査は1種類のみを実施するのではなく、複数の発達、知能、特性検査を組み合わせて行うことがほとんどです。
検査の種類はいろいろありますが、京都で多用されるのは「新版K式発達検査」です。本来この検査は乳幼児向けの適当な検査がなくて京都児童院(今の児童福祉センター)で開発されたもので、今は成人まで測れます。しかし、標準化(統計的に妥当性があるように作る)されていないのと、子どもの能力を運動・認知・言語の3つに分類され、新しい知能分類(CHC理論)に基づいていないので、何を測定しているのか分かりにくく説明がしにくいのです。それでも、ベテランの検査者にとっては子どもの苦手が推測しやすいということで関西ではよく使われています。
保護者にとってはこの3つの数値を示されても、見る力や言葉の力が進んでいるか遅れているかしかわからず、「一緒に生活したらわかる」程度の数値です。しかし、この検査者の中には「数値が独り歩きするから」と数値を当事者に示さない人がいるそうです。前回も述べましたが、常識で考えれば、検査結果の数値を隠す人の報告を信用できるはずがありません。そんなに自分が行う検査にも説明にも自信がないのならやらなければいいのです。そんな検査に付き合う子どもこそ迷惑です。
K式検査は2001年に改訂されたきり20年近く改訂されていません。知能検査は、10年で陳腐化します。文明の進化と共に子どもの知能全般が伸びるからです。今度予定されている改訂は2020年だそうです。これは標準化された検査になるそうですが、知能の分類は変えないそうです。明日は他の検査について掲載します。
K-ABCⅡ
WISC-Ⅳは、ウェクスラーという米国の心理学者が1949年に開発し改訂が繰り返されている知能検査の1つです。ウェクスラー式知能検査は世界でも広く使われている知能検査で、受ける人の年齢に合わせて、幼児用…WPPSI、児童用…WISC、成人用…WAISの3つがあります。ここでは対象年齢が学童期のWISCについて紹介します。定期的に改定されており、現在は第4版となるWISC-Ⅳが最新となっています。15の下位検査(基本検査:10、補助検査:5)で構成されており、10の基本検査を実施することで、5つの合成得点(全検査IQ、4つの指標得点)が算出されます。それらの合成得点から、子どもの知的発達の状況をさまざま方向から把握できます。4つの指標得点とは言語理解指標、知覚推理指標、ワーキングメモリー指標、処理速度指標の4つで、それぞれの指標が出るため、得意なこと、不得意なことの判断に役立ちます。
特に情報をどのように入力し、どのように表現するのが向いているかという判断は、勉強法を考えていく上で役立ちます。例えば、知覚推理が弱い子どもには、絵や図で伝えるより言葉にして論理的に伝えたほうが理解しやすいなど、対策を考えることができます。標準化された検査は、検査項目で3ポイント、指標ポイントで15点が「有意な差」(明らかに違いがある)ですから、個人の凸凹を判断するときにはこの開きを見ていきます。
本事業所で採用している検査の一つは、K-ABCⅡです。アメリカの心理学者カウフマン夫妻により(1983)作成されました。カウフマン夫妻はウェクスラー博士のもとでWISCの改訂に協力してきました。妻のナディーン・カウフマンは学習障害をはじめとする発達障害が専門です。夫妻はWISCの課題をKABCで解決しようとしました。子どもの知的能力を、認知処理過程(認知)と知識・技能の習得度(学力)の両面から評価し、得意な方法を見つけ、それを子どもの指導に活かすことを検査の目的としたのです。
K-ABCⅡはカウフマンモデルとCHCモデルという2つの理論モデルに立脚し最新の理論を取り入れたこと、認知処理を、継次(言語的)処理と同時(視覚的)処理だけでなく、学習能力、計画能力の4つの能力から測定していること、が特徴といえます。WISC-Ⅳとの違いは以下の表のとおりです。
WISC-Ⅳには基礎学力を図る検査項目はありません。WISCは医療用として用いられてきた背景があるからです。K-ABCⅡには、習得尺度という基礎学力を図るための尺度があります。これにより、学習がどれだけ定着しているかを知ることができます。K-ABCⅡの検査は、教育を意識して作られているため、WISC-Ⅳよりも学習と結び付けて考えやすい特徴があることも本事業所が採用している理由です。学校や病院ではWISCがほとんど利用されます。KABCは2回に分ける必要があり時間がかかるということが大きな理由だと思います。次回はK-ABCⅡで検査の読み方について考えます。
検査の読み方
検査を見る人は、まず全検査IQ(WISC)とか総合尺度(KABC)が100よりどれくらい離れているかを見ようとします。心理検査の多くは100を平均にとって偏差値で得点を表現します。受験で使う偏差値の平均は50です。50から多いほど難関校の合格レベルになっていきます。しかし、検査は受検ではありませんので、100より多い数字だから良いという事ではありません。この数値は10以上ある検査の平均値に過ぎないからです。発達障害の子どものように能力に激しい凸凹がある人の平均値はほとんど意味がないのです。
学力で考えてみましょう。国語が10点で数学が90点ならこの人の平均点は50点です。クラスの平均点はどちらも50点だとします。ではこの人の全体的な学力は50点でクラスの平均学力なのでしょうか?そういうより、国語が超苦手で数学がめっぽう強いといった方がこの人の実態を表します。学力対策も平均50点の国数の対策をするより数学はおいといて国語の対策を集中的にとるのが当たり前です。
検査の結果も同じことです。KABCでいう同時(見て処理)尺度が115で、継次(聞いて処理)尺度85で他の2尺度が100なら、平均値の認知尺度は100です。この100を見て認知の力は標準と見てはいけないのです。言葉で理解する力は平均より低く、理解の早い図や絵も用いて説明した方がよいということになります。IQ(全検査IQや認知総合尺度)だけみても凸凹発達の人には意味がないというのはこうした理由からです。
一般にIQが安定するのは9歳以降と言われ、心理検査は3年生以降でないと大きく変化することがあります。また、IQと学力も必ずしも一致しません。研究によると4割程度しか一致しないのです。つまり、教え方や環境、本人の素質でIQは伸びるという事です。ただし、その人に適した教え方をやめるとIQが元に戻るという研究もあるので、いかに環境が重要かわかります。
検査の細かなことは、検査をした方が丁寧に説明をしてくれます。しかし、大事なことは、大枠を理解することです。大枠とは平均点でしかないIQではありません。大枠とは凸凹のプロフィールが何を意味するか理解し、凸凹のプロフィールつまり得意な事や苦手なことを組みあわせた支援のイメージのことです。