みんなちがってみんないい
その5:丁寧にひとつずつ
私たちは表出言語を教えられた経験はありません。自然に覚えたからです。行動障害を起こしていたりその可能性のある方に表出のコミュニケーションを教えるにも自分の経験がないのです。人は自分の経験にないことを習得するにはそれなりの時間がかかります。スポーツの経験のある方や習い事をされた方ならわかると思います。さらに、人に教えられるようになるには普通にできる人より深く広く熟知する時間が必要です。
サイン言語の研修会やPECSの研修会に行って少し職場でやってみたけど子どもがうまく反応してくれなかったり成果が出なかったりして、周囲からもなんとなく疎まれている感じがしてあきらめてしまう支援者は少なくないと思います。成功している方は、家庭でも現場でも長く粘り強く取り組んでいる方です。人の発達を考えても、自発のコミュニケーションの基礎が完成するまでに10か月から18か月かかるのです。焦りは禁物です。あの手この手の工夫も必要です。
子どもが自発の表出コミュニケーションの扉を開けると驚くような速さで表出コミュニケーションを吸収していくのも事実です。言葉の獲得まで進む方もいます。言葉があったけれどもうまく使えなかった人も適切に会話ができるようになる人もいます。
この道のりを試行錯誤で切り拓いたのは100年前のヘレンケラーとサリバン先生。今日、表出コミュニケーション支援が最も体系化されエビデンス(科学的根拠)が確認されている方法は、PECS以外に私たちは知りません。ただPECSも細部にわたって万能ではないし人はみな個性があり違います。一番大事なことはその人が好きなことをたくさん知っていることです。先にも述べたように私たちは表出のコミュニケーションを「教えられた」経験はありません。だから私たちも表出のコミュニケーションの学習者です。行動障害を予防し強度行動障害を軽減するコミュニケーション支援は、子どもたちに並走しながら地道に学んで伝えて、一歩一歩進むことが大事だと思うのです。
その4:表出のコミュニケーション
前回の二つのコミュニケーションで重要なのは表出のコミュニケーションだと述べました。ただ、表出のコミュニケーションと言えども誰にでも伝わるものでなければ役に立ちません。また、自発的に使えないと肝心な時に役に立ちません。
言葉での表出は、発声機能に問題がないこと、言語処理機能に問題がないこと、聴覚的短期記憶や長期記憶に問題がないことが前提です。身振りはどうでしょう?身振りはそのサインを模倣できる力や相手にもそのサインが何をさすかがわかる必要があります。絵や写真はどうでしょう?相手にものを渡せる機能と、絵が現物を表現する方法だと分かればだれでも使えますし、誰でも伝わります。つまり、意思伝達に絵カード表現は最短距離で到達できるということです。
二つ目に大事なことは、表出コミュニケーションの自発性を獲得していることです。私たちは用もなく話しかけることはほとんどありません。必ず目的があります。ところが、行動障害の方は、相手に自分から情報を与えて目的をかなえる、「自発的」な表出コミュニケーションが困難な方がほとんどなのです。
また、日常相手が黙っていると「どうしたの?」と私たちは声を掛けます。「どうしたの?」は、「何か欲しいの?」「どこか痛いの?」「何か気分が悪いの?」「何か困っているの?」「何か助けがいるの?」等の意味です。自発的な表出に困難がある人は、「どうしたの」が聞かれなければ何も表出(言えない・身振りできない・カードが示せない)人が多いのです。中には何か言ってほしそうにじっと相手の顔を見つめる人もいます。これが「指示待ち」です。つまり「どうしたの?」や「~してね」を待っているのです。
相手が自分に話しかけたり相手が自分にはたらきかけたりして、初めて伝えるもの、初めて行動を起こすものという理解をしている方が大変多いのです。この状況を想像してみてください。自分の要求を叶えるために相手が自分に話しかけてくれるのを四六時中ずっと相手の様子を見守り待つのです。万が一、話しかけてくれたにしても表出スキルが低くかったり相手の理解力が低かったりして上手く伝えられなかったらまた待つのです。実力行使する行動障害の人たちの気持ちが分かります。
適切な意思伝達は自分から起こすものだということを理解してもらうには、適切なコミュケーションスキルで意思伝達ができ要求が叶ったという経験を蓄積するしか方法がありません。日常場面では、スキルを教えるよりこの自発性を教える方がはるかに難しいと感じています。それはある程度のコミュニケーションの成功体験の回数が必要だからです。その人にもよりますが、1日100回を超えなくては文字通り話にならないと思います。つまりその人が便利だと気がつくまで生活のあらゆる場面で経験が蓄積される必要があります。
その3:二つのコミュニケーション
行動障害の予防には原因を正確につかむことが必要です。この図は障害による二つのコミュニケーションの障害が行動障害の直接原因だとしています。そして環境要因としてのモノ・ヒト・コトが掛け合わされて長い年月をかけて積みあがり行動障害が形成されます。
さて二つのコミュニケーションと書きましたが、このブログをお読みの方はもうお分かりだと思います。
そうです。理解コミュニケーションと表出コミュニケーションの二つです。最近は、理解コミュニケーションは構造化支援や視覚化でずいぶん取り入れられるようにはなってきました。昔は絵カードなんて社会では使えないからと平気で言う方がおられましたが、さすがに影を潜めました。障害のない人でも記憶が定かでなかったり、すべてを知っているわけではないので書いてあるものを頼りにするのだから、聴覚入力や記憶がさらに弱い人なら視覚支援は当たり前だということがやっと広まってきたからです。
例えば以下の経験のない人がいるでしょうか。みんな物事を理解するために、忘れないために視覚支援という情報に大半頼っているのです。(1)カレンダーに予定を書き込んで、忘れないようにしていいる人。(2)《すべきこと》のリストを作って、机や冷蔵庫に貼っている人。(3)何がほしいかを伝えるときに、広告やメニューの写真を指さしたことがある人。(4)買い物に出かける前に、買い物リストを作る人。(5)「列に並んで下さい」、「入口・出口」などの標識を見たことがある人。(6)料理本のレシピを見ながら、食事を作ったことがあり、その料理を作る度に、そのレシピを繰り返す人。(7)家族への伝言を、メモに書いておく人。(8)レストランで注文を決めるとき、メニューに目を通す人。(9)子どもが歯磨きを忘れないように、チェックリストを作った人。(10)やるべきことを思い出すために、付箋紙に書いて鏡や玄関ドアに貼ったことがある人。(11)《イラスト入り組み立て説明書》を見ながら、買ってきた家具などを組み立てたことがある人。(12) 電車やバスに乗るときに、時刻表や接近情報を見る人。(13) 車を運転するときに、様々な道路標識や交通信号を見る人。(14) 新幹線や映画館で指定席に座るとき、座席の番号を切符を見て確認する人。(15) スーパーなどで買い物するとき、値札を見て買うかどうか考える人。あげだすときりがありません。理解コミュニケーションに障害があれば、もっと丁寧に支援するのは当たり前だと思います。
二つ目のコミュニケーションは最も大事なコミュニケーションです。表出のコミュニケーションです。どんなに周りのことや大人の言うことが理解できても、何も伝えることができないとすればあなたならどんな気持になると思いますか?それが毎日毎日です。永遠にその感じが続くとすればどうでしょうか?周囲のことが少々理解できなくても、自分から伝えることができれば大体のことは解決できると思いませんか?
明日は表出のコミュニケーション障害と行動障害について考えてみます。
その2:行動障害に有効な支援
上の図は、行動障害の人の支援を説明するのに定番で使われている資料です。有効な支援ベスト3は、1構造化支援・2コミュニケーション支援・3薬物療法です。やっかいなのは4番のキーパーソン(信頼できる人)ですが、大変曖昧な表現です。信頼できる人とはあくまで本人が決めるのです。信頼できる人とは、上位二つの支援を当たり前のように自然に支援してくれる人は必ず含まれているはずです。見通しのある環境を準備し、本人の伝えられる方法で言いたいことを聞いて周囲と折り合いをつけてくれる人がキーパーソンの条件だと思います。この二つのサポートを抜きにして、自分は信頼されているという支援者がいればそれは根拠のない妄想でしかないと思います。
しかも8割以上の有効票を得た上位2つと比べれば5割ですから、有効半分無効半分です。良いキーパーソンに当たるか当たらないかは裏表の賭けと同じ結果とも言えます。この結果からどうすれば行動障害が予防できるのかは明確です。そして行動障害の原因は何か次回に考えていきます。
強度行動障害
強度行動障害とは、自分の体を叩いたり食べられないものを口に入れる、危険につながる飛び出しなど本人の健康を損ねる行動、他人を叩いたり物を壊す、大泣きが何時間も続くなど周囲の人のくらしに影響を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態のことを言います。
この定義に加えて、「家庭で通常の育て方をし、かなりの養育努力があっても著しい困難が持続している状態」という但し書きも付されています。つまり、精神医学的な診断(例:精神遅滞、自閉症、統合失調症)とは別に、さまざまな養育上の努力はしていても、行動面の問題が継続している状態に対して付けられる呼称が「強度行動障害」であるということです。
下に厚労省が示した障害支援区分に基づく行動援護の判定基準表があります。合計10点以上が行動援護の対象となる要件の1つとなります。
行動援護の対象が強度行動障害というわけではありませんが、強度行動障害と普通の行動障害に質的な境界線はないといった方が正しいと思います。強度と表現しているのは支援側の理由からです。自傷や他害、飛出や奇声は、またはその前駆症状と認められるような指示待ち等は、その程度に関わらず必ず同じ原因があります。少々の行動障害だから見過ごすというのは、困っている姿を見過ごすのと同じだと思うのです。
下記リンクの「強度行動障害支援者養成研修【基礎研修】」のテキストは支援者用に国立のぞみ園が作成したものです。今回は、このテキストに沿いながら、何故行動障害になるのかどんな支援が行動障害の予防につながるのか、連続シリーズで考えたいと思います。
http://www.nozomi.go.jp/investigation/pdf/report/04/05.pdf