2021年3月の記事一覧
プログラムの目的
Y君たちは公園でゲームもしますが、鬼ごっこ、かくれんぼなどは、なかなかその面白さを感じることができません。でも体格はいいので力はありあまっています。そこで西山に登りに行くかと山道歩きを提供しています。でも、ただ歩くだけではそれこそ面白さがありません。休憩でおやつは食べますがそれだけでは物足りないので何か彼らが面白いなぁと思うものを山歩きの先に用意したいのです。それが、バーナーとコッフェルでお湯を沸かしてラーメンを作るというイベントなのです。
ただ、食べるのではなく、食べ物が仕上がっていく過程に面白さがあります。単純なことですがこうした工夫が大事だと思います。ただ歩けばいいのではなく、いかに楽しみを持ってもらいながら歩くかを演出する。そういうことをいつも考えながら、プログラムは作ります。固有感覚のニーズの高いZ君にはみんなの道具や水をリュックに入れて少し重みを感じてもらいながら折り返し点まで歩きます。ここで、自分のリュックの中から調理道具が出てくるのと、そうでないのとではZ君の動機の持ち方は違うはずです。最初は意味が分からなくても、だんだん本人もみんなも意味が分かってきます。単に石をリュックに入れても固有覚は刺激するでしょうがそれでは意味も動機も永遠に作れません。
言葉の通じにくい子どもたちにどのように動機を持ってもらいながら活動を共有しあうかということを抜きにしてプログラムはありません。子どもの体を鍛えたいからとジム付きの放デイを作ればそれでいいわけではありません。活動する動機を考え自発性を引き出す活動が大事だと考えています。それを子どもたちと一緒に考えて作っていくのが私たちの仕事だと考えています。
他害を考える
ASDの人が、小さな子どもの声がうるさいからと他害に及ぶことは少なくありません。V君がXちゃんや小さな子を叩きに行くからと避けているだけではなく解決の糸口を探るという事(ボール投げ 2020/12/03)を以前書きました。その後も公園でのボール投げや山歩きやそのあとのラーメン調理の共有などを続けて3か月がたちました。
今のところ、Xちゃんに対する他害は見られません。Xちゃんも「お話の声は2の声で」が少しわかるようになり、うるさくしなくなったのも一因かもしれません。しかし、それをすべての子どもに適用することもできません。みんながボール投げや山歩きをV君と共有することはできないからです。Xちゃんならボール投げも分かるしスタッフと3人で遊ぶという指示に従えるからできたのです。
他害が起こらないようにすることは大事だけれど、それが人を切り離すことではない方法を大事にしたいです。わかる活動を共有して共に過ごす時間が作れるなら、それが他害を減らしていく事もあるからです。誰とでもというのは無理ですが、あの人となら一緒に楽しんで過ごせるという経験をどう広げ作っていくのかが課題だと考えています。そして、最も重要なことは他害の殆どが表出コミュニケーションスキルが弱い人に生じ、コミュニケーションスキルを獲得した人の多くは他害がなくなったことです。機能的コミュニケーションこそ行動問題を解決する鍵だと考えています。
毅然とした指導
普段高学年指導をしているスタッフがいないので別のスタッフに変わりました。ところが「U君が声を荒げて外遊びをしないと言うので外での指導をあきらめた」とスタッフが言うので、顛末を聞くと、そのあとは穏やかに過ごしたので問題はないというのです。ここでU君が学んだことはスタッフによっては頑として従わなければ自分の要求が通るということです。
確かに、子どもが従わないからと言って強面で脅したりするのは論外ですが、すてっぷでは障害が重かろうが軽かろうがお互いのニーズが合わない時は子どもと交渉(ギブアンドテイク)をするというのが指導方針です。そして、指導の枠組み(大枠の内容)は崩さないことです。枠組みを失えば戻るところが子どももスタッフもなくなるからです。
すてっぷでは以前中学生を受け入れていて、日課がその子だけ言いなりになっていたので、他の高学年の子どもにも指導がスムースに通らなくなっていました。結局、その中学生が通所しなくなり、枠組みを堅持して交渉を行うというルールを確立する中で徐々に正常化を図ってきました。スタッフは自分で対処ができないなら職員全員を呼んででも枠組みを壊す要求は通さない毅然とした姿勢が必要だと確認しました。
卒業式
今日は向日が丘支援学校の高等部卒業式です。すてっぷにも2人高等部卒業生がいます。昨日はS君が「さようなら」と去っていきました。卒業式後はもう進路先のサービスがはじまるそうです。Tさんは4月からなのでもう少し時間があります。昔は、高等部卒業証書授与式には施設からもお祝いに行けたのですが感染予防のためにそうもいきません。ホームページ上からではありますが、高等部生の皆さんのご卒業をお祝い申し上げます。
今は、福祉が充実してきて、選ばなければ進路先がないということはありません。ただ、その分民間就労での障害者受け入れが弱くなったと感じているのは私だけでしょうか。乙訓地域には三菱・村田・サントリー・オムロン・ダイハツ等と名だたる大企業がありますが、これらの企業やその関連企業に受け入れてもらった支援学校生はいません。
京セラや関電、GSユアサ(ユアサ電池)などは企業内に障害雇用の子会社を作って、社内環境整備や地域貢献の作業に障害者を雇用しています。ダイバーシティー社会実現には障害者も健常者も同じ場所で働くことが大事です。政府も助成金や税制優遇などで企業内子会社の設立を勧めますが、大企業にその気がなければ前には進みません。ぜひとも大企業が結集するこの地にその先鞭を取ってほしいと思います。
支給量
R君の支給量を検討するために相談事業所からケアマネ会議が招集されました。おそらく厚労省上限基準の支給量通達の月23日を超えるからだと思われます。それにしても、乙訓ではいつまでたっても週3日・15日がローカル上限ですが、これには明確な根拠がありません。
厚労省の23日上限基準の通達が2年前に出てからも、隣の京都市では支援学校籍の利用者(保護者)が望めば、ほぼ週6日・月27日の支給量が出されています。乙訓の場合は、いつまでも月15日です。隣り合う自治体で月8日年間96日の差を地域差として放置し続けるのは法の下の平等に抵触しています。
すでに2003年の本制度スタートから放デイもたくさんできて、放デイが少なかった当時と同じ基準で考える必要性はなくなっています。京都市ほどにとは思いませんが、週5日・月23日までは利用者が望めば支給するようにすべきです。また、相談支援事業所は、民間事業所の許認可権が行政にあるからと行政に忖度をして、利用を抑制するような助言は厳に慎むべきです。相談支援事業者は利用者の代弁者なのですから、利用者の支援ニーズを行政に伝えきる任務を果たさなくてはなりません。
早い?遅い?
スタッフからP君の歩く速度がみんなよりとても遅くて困っているという話がありました。「もう他の子どもや、みんながずっと前を歩いているのに全然追いかけようとしないんです」というので、「P君に遅れているという意識があると思いますか」と問い返すと、「???」でした。ASDの子どももそれぞれぞれなので必ずという事ではないですが、言葉が通じにくい人たちに「もっと早く」とか「もっとゆっくり」とかを伝えるのはとても難しいです。
普通は周囲より遅れているので自分は遅いと感じたり、周囲より先を行っているので早いと感じるものです。もしも、この周囲の存在があまり気にならないなら、その人にとっては早いも遅いもないのです。P君は遅いなぁと思うのはP君と自分を比べる視点のある人の認識です。だって、P君はゆっくり山道を歩いていますが、ニコニコして快適そうに歩いていて、先を行く皆に待って欲しいなどとは思っていないようです。そもそも皆が見えていない感じです。
そんなわけで、P君は時々迷子になりやすいのでスタッフが付くことにしていますが、スタッフが新しいので自分もよく知らない場所なので不安になったのだと思います。さて、どうしたものでしょうか。早くとか遅くとか教えられるものでしょうか?「Qスタッフと一緒に歩けばご褒美があります」というご褒美制でうまくいくでしょうか?なんとなく、うまくいきそうな気がしません。うまくいったらまた報告します。
インスタグラム
小学生の子どもたちに何か社会的な励みになる取組はないかなと考えていました。「インスタで写真を投稿させればどうだろう」「ハートマークやイイネが付けば写真に興味持たないかな」と話し合いました。アカウントは事業所のアカウントなら管理もできるからと取り組み始めました。
スタッフの私物のちょっと高級なデジカメを子どもたちに見せて、「これで写真撮ってくれないかな」と問いかけてみました。そしたらN君が「俺やる」と手を上げました。今までアート系とは一番遠いかなと思っていたN君の立候補は意外でした。
N君の「森みたい」と言って撮った樹木のインスタ投稿にハートが二つ三つとついていきました。実は、スタッフの桜もいるのですがそれ以外からもついています。それを見たOさんも俄然張り切って撮影を始めました。今日は「雨の日のお花」のアップでした。ハートがいくつつくのかどきどきして待っています。
不適切な行動とやらされ感
M君がスタッフを叩いたと報告を受けました。ところがスタッフは叩かれることに身に覚えがないというのです。M君は感情を貯めるタイプで、その場にいても原因がわからない他害があります。以前は、やらされ感が強かったのではという後に出ています。どこかで、納得がいかない関係性がありストレスをためていたのだと思います。これは前回(指示待ちとカタトニア: 02/25)でも触れています。
子どもがしんどくなる時はどんな時か考えてみると、意味が分からないのにやらされる時です。やりたくないとは表現できず、自分を抑えて従ってしまった時です。言葉の喋れる人は、家族や友人に「今日こんな理不尽なことがあった」と人に聞いてもらって気持ちを整理しようとします。それがない人は、自分で余暇時間を管理して好きなことや運動に没頭してストレスを発散しようとします。その両方がない人は貯めこむしかないのです。
言葉でのコミュニケーションが苦手な人や、好きなことや余暇の自由がない人は、本人にしてみれば理不尽なことがあってもそれを解消する方法を持っていません。したがって、その気持ちを外に爆発させるか、内部に向かわせるしかありません。他害や自傷、強い指示待ちのある人には、そんな感情のマグマが適切に処理できていないと考えます。もちろん、コミュニケーショントレーニングや感情表出の練習はしますが、全ての支援者が足並みをそろえ、長い時間が必要です。
それでも、苦手なものは苦手ですから、こういうことで苦しんでいる人たちのルーティンを安易に崩したり、構造化支援は面倒だからとさぼったりして、「そんなことしなくてもできるでしょ」とやらせてしまうと、本人の苦痛を強め感情のマグマを蓄積させます。遅延する不適切な行動は、させる大人とやらされ感の強い(拒否できずにやってしまう)子どもの関係性の結果の行動だと考えようとスタッフで話し合いました。
勘と支援タイミング
LちゃんになかなかVOCA(VoiceOutputCommunicationAid=音声出力伝達道具)が定着しないばかりか拒否られてしまうとの報告がありました。Lちゃんは机の上のものを何でも跳ね飛ばしてしまうので絵カードコミュニケーションよりボタンプッシュで「欲しい!」「食べたい!」「助けて!」を発声するVOCAでおやつの時間にトレーニングしています。
後ろから身体プロンプトでボタンを押しておやつがもらえるというトレーニングを続けてきているのですが成果がないばかりか、最近はプロンプトしようとしても体をこわばらせて腕を押させまいとしているというのです。「それって、拒否のサインだよね」「Lちゃん嫌な時は体を硬直させて動こうとしないよね」とボタン押し行動が要求行動になってないことを話し合いました。
職員は良かれと思って、なんでもかんでも、おなかが減っていようがいまいが腕をプロンプトしてボタン押し行動をさせることもあったようです。一番大好きなものを少しだけ与えて、少しじらしたり、Lちゃんの表情が変わるまで待ったりしていないので、欲しくない時にもボタン押し行動があったのかもしれないという話になりました。コミュニケーション手段を獲得していない子どもの表情はわずかにしか反応がないことも少なくないです。そのわずかな反応を察知してプロンプトで行動を導くには勘が大事です。エビデンス重視の話をずっとしながら矛盾するようですが、支援者の勘が支援のタイミングを作るのは間違いないです。
友達がほしい
I君が砂場でJ君とKさんで作ったものを壊すとKさんが訴えてきました。スタッフがI君に理由を問いただすと「壊すのが好きだから」といいます。スタッフはJ君もKさんも、I君にこれまで遊びやゲームを優しく教えてくれて、I君もそれを楽しみにして来ていたのだから、このI君の言う理由は奇妙だと言います。
実はその前の様子を複数のスタッフに聞いてみると、K君が来た時J君が他の子どもとタブレットゲームで遊んでいて、K君は一人でつまらなそうだったというのです。その後K君はやることがなくて教材室に入っていますが、本当はJ君と遊びたかったはずです。しかし、スタッフに「ここに来ちゃダメ」と注意をされてふてくされた感じだったと言います。
ここで、K君のスイッチが入ったのだと思います。注意されることは他者の注意を引く行動です。本当は友達と遊びたかったのにそれが切り出せずに、不適切な行動で大人の気を引いて注目してもらう。ただ、これでは「なんでそんなことするの」と問い続ける大人の反応だけで友達とは遊べないです。でも彼にしてみればせめてそうしてでも大人の注目は集めたいのでやめられないのかもしれません。そして、その混乱の中で、当初の友達と遊びたい気持ちは失っているかもしれません。
本当に大事なのは、みんなと遊んで楽しかった経験の蓄積です。そして、楽しい経験のきっかけになった友達の誘いや自分から関わって成功した経験の蓄積です。彼はまだその方法もタイミングも知りません。「遊び仲間に入れて欲しい!」そんな彼の強い思いを「壊すのが好きだから」の言葉に感じています。でも、こういうナチュラルな関係性は訓練では作れません。そのきっかけができる時間の長さ、そこに導くタイミングが必要だと思います。